長嶋茂雄の凄さとは?伝説や名言と人気の理由についても

「後にも先にもプロ野球界で長嶋茂雄さんを超えるスーパースターは出てこないんじゃないか。」

現役時代からプレーを見てきた人の多くはそんな印象を持っているのではないでしょうか。

ですが、現役時代を知らない世代の人にとっては、

「長嶋茂雄の凄さってどんなところにあるのか?」

と感じる人も多いのではないでしょうか。

多くのプロ野球ファンを魅了してきた長嶋茂雄さんの凄さについて、これまで見てきた姿や聞いたことのある伝説などを中心にまとめてみました。

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長嶋茂雄の伝説的な逸話が凄い!

長嶋茂雄さんは選手としても監督としても伝説として語り継がれる逸話があります。

選手としては史上初の天覧試合でのサヨナラホームラン、監督としてはこれまた史上初の同率首位のチーム同士が最終戦を戦うという「10.8決戦」で見事勝利に導いたりと、こうした伝説を聞くだけでも、さすがスーパースターといった印象を受けますね。

この逸話の詳細については後述しますが、これからの選手によって記録は抜かれることはあっても、こうした伝説的なインパクトを残すような存在は後にも先にも長嶋茂雄さんしかいないのではないかと思われます。

そんな唯一無二の存在である長嶋茂雄さんの現役時代と監督時代の成績はどんな感じだったのか。

次にもう少し詳しくご紹介したいと思います。

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現役時代の成績

生涯打率.305、累計ホームラン数444本、MVP5回、首位打者6回、ホームラン王2回、打点王5回など、輝かしい成績を残されています。

詳しくはNPB成績一覧をご参照ください。

素晴らしい数字を残されてはいますが、数字だけだともっと凄い成績を残している方がいるのも事実。

それでもなお、長嶋茂雄さんがミスタープロ野球とまで称されるほどの大スターとなったのは、成績だけではない魅力があったからこそと言えるでしょう。

監督時代の成績

読売ジャイアンツの監督として、第1期を6年、第2期を9年間務めました。

巨人軍監督成績一覧

第1期は選手を引退してその翌年に監督就任し、球団初の最下位に甘んじるも、その翌年からリーグ2制覇。

その後、4年目2位、5年目5位、6年目3位と3年連続で優勝を逃がし、事実上の解任となると、ファンは一斉に反対し、読売新聞の不買運動にまで発展するほどに。

第2期は9年間の長期政権となり優勝3回。後期は原辰徳氏を次期監督として育てて勇退となりました。

先ほど少し触れましたが、監督時代で最も印象的だった試合が、今でも10.8決戦と呼ばれて語り継がれる1994年の10月8日の中日ドラゴンズ選。

最終戦時の勝率が同率首位で並んだチーム同士の直接対決で、勝った方がペナントレースを制するという試合で勝利を収めた試合は、プロ野球中継史上最高の視聴率48・8%を記録した伝説的試合となりました。

そんな大舞台が整うことと、そこでしっかりと勝利に導くところもスター性がなせる業と言えるでしょう。

ちなみに9月28日の試合が雨で延期となったために組まれた試合で、天がもたらしたドラマチックな舞台と言える試合となりました。

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長嶋茂雄の名言といえば?

長嶋茂雄さんの名言と言えば…。

最も有名なのが引退スピーチでの「我が巨人軍は永久に不滅です」でしょうか。

正直意味がわからない言葉ではありますが、とにかく強烈なインパクトを残したのは確かです。

もう少し深い名言を挙げるとすれば、

スターというのはみんなの期待に応える存在。
でもスーパースターの条件は、その期待を超えること。

来た球を打て!

シンプルではあるものの、深さを感じさせる名言ではないでしょうか。

打撃指導時の「グゥーッと構えて腰をガッとする」とか「バッといってガーンと打つ」といった抽象的な表現も個人的には好きですが、こうした名言も心に沁みます。

さらに、名言とは少し違うかもしれませんが、造語やフレーズも後々まで残る言葉を残しています。

例えば、

「勝利の方程式」

勝ちパターンの継投をこう呼んだわけですが、(当時は橋本⇒石毛の継投)今でも使われることが多い造語ですね。(野球の世界に限っての話ですが)

「Speed and Charge」

ある年の巨人の戦い方のテーマです。

各チームで毎年こうしたテーマを掲げて戦っていますが、「Speed and Charge」ほどキャッチーなテーマはないように感じられます。

こうした言葉の感覚も長嶋茂雄さんの大きな魅力と言えるでしょう。

長嶋茂雄の人気の理由

選手時代はミスタープロ野球として、巨人ファンならずとも多くのファンを魅了しただけでなく、多くの野球少年の憧れとなりました。

その人気の理由として、攻・走・守揃ったプレーだけでなく、常に魅せることを意識したプレーであることは大きく影響しているでしょう。

同じ三振するにしても絵になる三振にするために、ヘルメットが脱げるほどのスイングだったり(それを見越してサイズの大きいヘルメットをかぶっていたそうです)、華麗なフィールディングも映えるような仕草が随所に見られました。

そして、多くの人の印象に強く残るような場面での活躍。最も有名なのが史上初の天覧試合でサヨナラホームランを打った試合でしょう。

しかも、天皇皇后両陛下がお帰り予定が21時15分。試合は9回裏で4-4の同点。

そこで21時12分にサヨナラホームランを放ち試合を終わらせる。ドラマチック以外の何物でもありませんね。(しかもその試合は2HRを記録)

監督時代は監督時代で、試合後のインタビューは絶対に聞きたいと思わされるほど楽しいものでした。

FAで大物選手を集めていた時代ですが、そんなチームでもやはり長嶋監督が一番のスター性を持っていたように感じられます。

とにかく明るく、そしてここぞという時に大きな力を発揮する点が長嶋茂雄さんの人気が高い最大の理由と言えます。

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